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アジアの食料需給

 近年アジア諸国では,持続的な経済成長や急速な都市化,グローバリゼーションの進展により,食生活に構造的な変化がみられます。小売業の近代化やサプライ・チェーンの垂直統合も,こうした動きに拍車をかけています。言い古されてはいますが,食の洋風化が日本の近隣諸国でも,深く進行しているのです。

 1961年当時,日本の穀物自給率は74%でしたが,現在,その数字は25%にまで低下しています(FAOSTAT, Food Balance Sheet)。下図に示すように,韓国についてもほぼ同じ傾向が見られます。一方,中国の穀物自給率は過去半世紀の間,変わることなく100%前後で推移しています。このような事実は,日本・韓国の農業生産が競争力を失った農産物の輸入と並行して行われてきたのに対し,中国のそれが国内自給を前提としていることを強く示唆しています。

 経済理論に従えば,農産物貿易に関する各国のポジションは,要素賦存の状態に強く規定されます。そして経済成長に伴い農業労働の機会費用が上昇すれば,土地・労働比率が低い国では,穀物生産の比較優位が失われます。この原則が貫かれると,今後,中国を含む多くのアジア諸国が食料(とくに穀物)の輸入国となり,現在の日本と同じような食料・農業問題を抱えることが予測されます。

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農業の構造問題

 経済成長の結果,農業経営を成立させるために必要となる最小規模は上昇しますが,農地の流動性の低ければ,規模拡大は実現しません。これが日本農業における構造問題の本質です。実は,農地の流動性の低さは,日本に固有の問題ではありません。農地売買や貸借の経済的な条件が整っていたとしても,実際の取引量が理論の予測よりも少ないというのが実態です。その原因は様々です。たとえば,土地の所有権や利用権の設定が曖昧であれば,農地取引は活発化しません。日本では農地は私有財産ですが,世界には私的所有を頑なに否定している国が存在します。また農地貸借の場合,需給を調整するのは地代ですが,これが何らかの理由により固定されていれば,スムーズな取引は期待できません。また農地は,資産としての価値を持ちますから,その取引は農業生産以外の要因が関係してきます。さらに貸借・売買の契約には,取引自体を停止させてしまうほどの費用がかかることもがあります。

 農地をどのような経営体に集積すべきか,ということも重要なテーマです。日本に限らず農業の主たる担い手は家族経営です。つまり,集団や企業が直接,経営に携わることは希です。それには理由があります。労働インセンティブが欠如し,履行強制が困難な組織的経営体では,家族経営と同じ効率性を維持することは困難だからです。雇用労働依存型の農場が存続できるのは,信用(credit),保険,生産資材,生産物の各市場が不完全で,技術情報が不足している場合に限られるというのが通説です。しかし,日本に限らず多くの国・地域で企業の農業参入が俎上に上っています。

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農業の生産組織

 サプライ・チェーンとグローバル・ルールが世界の農産物取引を支配するなかで,途上国を中心として,農村生産者組織(rural producer organization)の役割に注目が集まっています。元来,価格受容者(price-taker)である農家は,圧倒的な規模を誇るアグリビジネスと市場の自由化に対抗できる手段を持つことができません。そこで生産者団体を組織し,農民の経済的な利益を保護するとともに,自国農業の競争力を強化しようというのです。
生産者組織の結成により,生産・加工・流通システムが効率化されると,農業の付加価値が高まり,農村経済が活性化するかもしれません。また,農村生産組織が契約栽培や企業による垂直統合といった形態をとる場合,農家に信用(credit)や近代的な投入財,生産・市場情報などが提供され,農民所得が飛躍的に向上することも考えられます。場合によっては,地域雇用の創出,インフラの整備なども期待されます。

 しかしその一方で,ネガティブな側面も指摘されています。「小農排除(smallholder exclusion)」はその一例です。営利を目的とする組織であれば,取引費用を節約し,リスクを生産者とシェアするために,大農との契約を選択する誘因が高まります。小農が農外就業機会に恵まれていなければ,契約栽培や企業の農業参入は,小規模農家の阻害化(marginalization)や農村経済における両極化(polarization)といった弊害をもたらします。また企業による垂直統合は,農民搾取の手段と化す危険性もあります。商品作物への過度の特化がもたらす弊害も指摘されています。いずれにせよ,農村における生産者組織の実態を把握し,問題の所在を明らかにすることは重要な研究テーマです。

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食料制度の設計

 望ましい結果をもたらすための制度設計をメカニズム・デザイン(mechanism design)と呼びます。たとえば,農業からの離脱が射程に入っている農家に農地を供給させ,規模拡大を目指す農家に農地を集積させるためには,どのような政策を施行すればよいのでしょうか。効率的な生産を行っている稲作農家に自由な作付けを約束し,非効率な生産を行っている農家の生産調整(減反)への参加を促すためには,どのような制度を設計すればよいのでしょうか。

 ポイントは,農地の貸し手・借り手,減反参加・不参加農家が,自分の選択に納得するということです。これを「誘因両立性条件(incentive compatibility condition)」と呼びます。生産調整を例に考えてみましょう。効率的な生産を行っている農家が減反に参加し,非効率な農家が自由作付け選択すれば,稲作全体の効率性が低下します。望ましい結果をもたらすためには,政府が適当な減反政策を農家に提示しなくてはなりません。ただし,農家のタイプ(効率性)に関する情報は農家側に偏在しており,それは政府にとって隠された情報(hidden information)となっています。農家の選択を望ましい結果へと導くためには,政府が米価や減反率を適当な水準に設定する必要があります。

 一般に,情報をもたない主体(この場合,政府)が制度を提示することにより,情報をもつ主体(農家)から隠された情報を引き出そうとするメカニズムをスクリーニング(screening)と呼びます。これに対し,情報をもつ主体がそれをもたない主体に情報を伝達するために,なんらかの行動を通じて,自らの情報を相手に伝えることをシグナリング(signaling)と呼びます。このような概念に基づく研究からは,きわめて示唆に富む政策的含意が導き出されます。

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